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FTM:37歳の親へのカミングアウトSTORY

年齢:37歳

セクシュアリティ:FTM

体験談:<親へのカミングアウトについて>

現在37歳のFTMです。親へカミングアウトをしたのは遅く27歳ころのことでした。その頃私は、自分の中の男性性が高まって、体のラインを出す服や女性らしい髪型をするのが大変辛くなってきていました。

親に隠れて総合病院の受付で「女性性が嫌で仕方ないと感じるのですが、何科を受診すればよいか」と質問をし、ジェンダークリニックへと通いました。ジェンダークリニックで一枚目の診断書をもらったある日、親が我が家に遊びに来ていました。当時、私は姉と住んでおり、私は先に自室へ入り眠ろうとしていたのですが、自分自身の中にある女性性を否定する気持ちが大きく膨らんで仕方なかったのです。

我が家は比較的家族間のつながりが強く、何かあったら親や姉に相談に乗ってもらったり助けてもらったりしていました。そんな親、兄弟でしたが、さすがに自分がFTMであることをカミングアウトするのには勇気がいりました。

私は布団を出て、居間でテレビを見ている姉と母の前で涙を流しながら「私は、女性として生きていくのが辛い。」「もっと男性的になりたいと思っている。」「そのことが辛くて専門の病院に行って診断書をもらった」ということをカミングアウトしました。その時の母の一言目は「あらー、金八先生だわ!!」でした。ドラマの金八先生の第六シーズンを見ていた母は、なんとなくではありますが、知識がありました。

また、一緒にいた姉も精神科ナースだったので知識があり、「今後、妹として扱えばいい?それとも弟?」と聞いてくれました。そして、「専門の病院に行って診断書をもらうってことは、よほど苦しかったのね。」と言ってくれました。その言葉に救われたような気がしたのです。

しかし、ホルモン注射等の外科的手術は許してはもらえませんでした。私にはメンタル持病がありのただでさえ薬を飲んでいるというのに、ホルモン注射で肝機能等に影響したり、精神的に不安定になる可能性があるからです。

幸い私の名前は、男女ともに使える名前なので、改名という手続きを必要としませんし、名前で呼ばれても全く違和感がありません。芸能人の中には男性で私と同じ名前を持つ人がいます。

カミングアウトをしてから私はネットで調べて、同じFTMの集まる会合へと足を運ぶようになりました。そういうイベント等に参加することに対しては、母はとても賛成してくれて、「そういう場にはどんどん行きなさい」と言ってくれました。認めてもらえているようで、とてもうれしかったです。

父へのカミングアウトは手紙で行いました。私の今の気持ち、今後どうしていきたいか、そして、この名前を付けてくれたことへの感謝の気持ちを便箋5枚分くらいに書きつづり送りました。

それから、ノンホルノンオペであっても、男性物の服や下着を身につけることをすんなり受け入れてくれました。たまに実家に帰省して、洗濯の関係で下着が無かったりすると、母は洗濯した父の下着を渡してくれるまでになりました。

カミングアウトせずに苦しい思いをしている方もいらっしゃるかと思います。中にはカミングアウトしても、辛い思いをする人もいるかと思います。

しかし、カミングアウトすることで得られる幸せもあると思うのです。カミングアウトをするかしないかを選ぶのはあなた自身です。自分が幸せになる方法を見つけてください。

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